西根遺跡は戸神川沿いの低湿地にある縄文時代を中心とした遺跡です。西根遺跡の場所はまさに本校科学部が活動の拠点としている場所そのものです。普段、科学部の部員たちが歩き回っている場所は遥か、むかしにも人々が生活の場所としていたわけです。低湿地の遺跡は大変に珍しいということで、様々な場所で話題になったり、国立歴史民俗博物館をはじめとして、出土品の展示会が行われたりしたようです。

 出土品としては木製農具、墨書土器(ぼくしょどき)、形代(かたしろ)があります。水田自体は確認されていないようですが、水路跡(これは縄文時代から古墳時代にかけてのもの)、堰は発見されています。縄文後期中ごろ(約3500年前)の土器(大型深鉢形土器・鉢形土器など)が大量に見つかったそうです。


 この遺跡は川遊びに来た親子が土器を拾い、調査を依頼したことから、明らかになったそうです。まさに、「ものをみる目」が新しい発見を生んだというところでしょう。


 今は、土器はあまり見つからないようですが、細かい破片は見つかることがあるようです。水路のあとは縄文時代から古墳時代のもの、土器は縄文時代のものも多く、土器でも土師器は平安時代くらいまでつくられていたこと、須恵器は15世紀まで多く作られていたことなどから、この地区ははるか昔から、継続的に人々の生活の場であったことが伺えます。


*     墨書土器---土器の側面や底面などに、墨で文字、記号、絵などが書かれたもの。奈良時代や平安時代の土器(土師器(はじき)や須恵器(すえき))などに多い。
*     土師器---古墳時代から奈良・平安時代に生産された土器。土中で製造され、焼成温度は600〜700度と低い。橙色や赤黒色をしている。
*     須恵器---5世紀に朝鮮半島より伝わった製法による土器。窯を使って焼成されるため温度が高い状態で製造される。色は青っぽく、硬い。
*     形代---形代とは厄災を免れるために祭祀などで使われた道具。

出土品や発掘状態の写真は千葉県教育振興財団のページで見られます。

遺跡の場所の様子はさわらび通信のページで見られます。


巨大土器は千葉県中央博物館のページで見られます。

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西根遺跡(戸神川に残る遺跡)